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働き方改革

7月7日(日)開催予定の「中学・高校進学個別相談会」に向けて、現在参加不参加の回答を待っている。
過去1校の例を除いて欠席の返事が帰ってきたことはなかった。しかし昨年は奈良女子大学附属が不参加、今年は南陽高校・同附属中学から不参加の返事。理由は両校とも働き方改革により教員を回すことができないとのこと。確かにこのご時世、そうかもしれない。最強の理由だ。
私学もこの働き方改革のせいでいろいろ大変らしい。現在の働き方改革以前に労働基準局からいろいろ指導が入ったとの噂も聞いている。私学の売りの「面倒見の良さ」というものが結局は生徒との時間の関わり方の長さ、多さであったとするならば、大きな転換を迫られることになる。つまり量から質へ。
でもことはそう単純ではない。「時機を逸する」ということが起こりはしないか。生身の子供を教えていていまこの時機にしかできないこと、この時機にこそやってあげるべきことというものが必ず出てくる。時間制限内でというものとは相いれない。
でもこれこそが改革者からすれば昭和の古い発想と言うのだろう。
南陽は限られた先生の時間を生徒指導に回したいという理由で募集活動の方を控えたいのだろう。それはそれで正しい理由だ。働かせすぎて過労死でも出れば校長の責任は重い。でも今年定員割れしてますやん。もう少し柔軟な発想はできないのでしょうか、と思ってしまう。
まっ、私は親方なんでどんなに働こうが自己責任。ある意味気が楽です。



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速報!春恒例、2019年山城通学圏公立高校中期選抜結果

春恒例、山城通学圏普通科中期選抜回し合格相関表です。
第1順位出願時点で南陽、西城陽、城陽、木津、京都八幡の5校、つまり普通科10校の半数が定員割れ。最終的には南陽、木津、京都八幡の3校が定員割れとなった。南陽の定員割れはわずか4名だがトップ校(この言葉はもはや不適切かもしれませんが)としては悲しい数字だ。今年も城南菱創から南陽への回し合格者が出ている。私は城南菱創は数字上、見かけ上のトップ校だと言っていたが、数年も続けば実質的にもトップ校になってしまったかもしれない。
それにしても木津(30名)、京都八幡(56名)の定員割れはもう悲惨(失礼)と言うしかない。学校説明会や授業見学などでも先生方みなさん一生懸命で悪い印象はないのですが、なぜか集まらない。
一つには私学指向が今年は特に強かったかなと思う。地元の中学校も私立進学者が多かったようだ。楽しい学校生活、指定校の多さ、修学支援金の後押し。この3点セットで攻めてこられると特徴のない平凡な公立はちょっとつらいでしょうか。
それともそもそもが公立の定員が多すぎるのかもしれない。どこかの学校に受験者が偏れば即他校が定員割れを起こす宿命。そして今年はとくに地方統一選挙の年。業界の噂では選挙の年には公立は不合格者を出すなとの暗黙のルールががあるらしい。あくまでも噂ですよ。
まあなんだかんだで今年の受験はこれでおしまい。
うちの学園生はおかげさまで中期選抜は全員第1順位で合格。南陽受験者も定員割れでなくても当然合格できるだけの高得点で合格してました。名誉のために一言。

母校とは永遠なるもの

今日26日は京都廣学館高等学校の卒業式に来賓として出席させていただいた。

二時間と長時間だったが、式典はだれることもなく粛々と進む。みんなすがすがしくいい顔をしていた。

理事長祝辞の中で「母校とは永遠なるもの」との一節があった。故人ではあるが創始者の本部廣哲前理事長がかつて卒業生にあてた手紙の中のことばであるらしい。その手紙の中で「母校とは…」と様々な言葉が繰り返され、最後に「母校とは永遠なるもの」と結ばれる。

私は仕事で母校の高校に行くことがあるが、校舎前に立ったとたんにいろんなが思いが沸き立つ。それは単にノスタルジックというものではない。確かにここに自分はいたんだ、という安堵感、そしてその時の自分と比べて今の自分は堕落していないかという反省のような気持になる。

卒業以来日々の生活の忙しさに追われ、言いかえると時間に流され、母校の存在すらも忘れてしまう。しかし今一度校舎を眺めれば、自分の人格形成にはこの場所が確実に影響を持ったのだと思うと、とても大事なところに思えてくる。つまり自分という人格が存在する限り、母校は自分の中にある。母校から逃れることはできない。すなわち永遠だ。

今日卒業する生徒たちにはまだこのことばの深い意味は分からないだろうが、いつかきっと気づいて、母校を誇りに感じてほしいと思った。


出たぁーっ!

今年のとある私立高校の英語の入試問題、直前に塾でやったテスト会の長文問題と同じものが出たらしい。受験生みんなびっくり。深読みして「高校となんか関係あんのか?」と、とんでもないことを言うやつもいた。ひとつひとつの設問は違うものもあったようだが、最後のオチを問うような設問は同じだったようで、そりゃ答えられますわな。

入試直前やることをやった後は神頼みというか、「同じ問題出てくれへんかなー」となるのは昔も今も同じこと。皆さんも経験があるでしょう。送り出す方としても「同じ問題出てくれへんかなー」。でもなかなか「当てる」までは行きません。

出題者としてはこのような状況は避けたいところだろうが、こちらとしてもいろんな学校の過去問を調べ、入試問題としておもしろそうなもの、出そうなものを編集してテキストやテスト会で使用する。多分高校の先生も同じようにして入試問題としておもしろそうな題材を探しているんだろう。やはりそうするとかぶりが生じてしまう。過去にも何回か同じ問題が出てきたことがあった。(過去ブログ参照)

公立の前期選抜や中期選抜の共通問題でこのようなことが起これば大問題。ために府・市教委作成のオリジナル長文となる。でもこの長文、内容がちっともおもしろくないんですよね。

典型的なのが、「外国人の留学生が京都ににやって来て京都の文化や伝統工芸について聞かれたが知識もそして英語力もなかったので全然答えられなくって残念な思いをした。だから日本の文化をもっと勉強し、英語ももっと勉強したい。」みたいなー、価値観誘導型の問題。

英語を読んでわくわくし、もっと読みたいと思わせないと英語そのものに興味をなくしてしまうと思う。英語で読んで感心したり、笑ったり、目がうるんできたらそれが英語を読めていることだよと授業でも教えている。

だから京都の共通問題を教材に使うことは、ない。

とは言え、中期選抜対策としては過去問をやらざるを得ない。教える方にとっても教わる方にとっても、ほんとおもしろくないんですよねっ!

送る拍手

1月26日は大阪桐蔭高等学校の卒業式に来賓として呼んでいただいた。もう30年近く参加していることになるんじゃなかろうか。ありがたいことだと思っている。

今年は春夏連覇のメンバーでかつドラフトでプロ野球入りする選手が4人もいたので、中田選手や藤波選手の時もそうであったように、報道陣が山盛りだった。お目当ての選手の一挙手一投足を逃すまいとフラッシュがたかれる。スターってやっぱりすごいもんだなと感心する。目の前を卒業生代表として根尾選手が通過するが、私には普通の高校生にしか見えない。体もそんなに大きくないし。でもこの3年間はすごく努力しあの偉業を成し遂げたんだと思うと、凜々しく見えた。

物々しい報道陣とは関係なしに卒業式は粛々と進む。答辞もよく考えられており控えめな口調であったが学校、先生、家族、同級生、周りのすべての人たちへの感謝の気持ちが素直に表現されており、聞いていて気持ちの良いものだった。また将来の社会貢献への志ものべていて、真の進学校と言うならば卒業生にはそうあって欲しいと思った。

退場の際にはクラスごとで全員起立し声を一つにして感謝の言葉を述べる。女の子たちは目も鼻も真っ赤だ。最後は居並ぶ先生方の前を通って式場を後にする。先生方は最後の一人が退場するまで大きく強く平等に拍手を続ける。その気持ち私にはよく分かる。

卒業式が終わっても入試はこれからが本番。皆さんの健闘ををお祈りします。


批判覚悟の教室開放

本年度の中学受験も1月27日の奈良女子大附属中等教育学校の発表をもって終了した。

今年は1月19日土曜日が入試初日でいつもより1週間遅い感覚。ために冬期講習終了から入試初日までいかにモチベーションを維持させるかが難しかった。それと迫り来るインフルエンザからどう逃げ切れるかも大きなポイント。

幸い学級閉鎖があったもののうちの受験生は全員無事に試験に臨めた。

その理由の一つは思い切って学校を休んだ子がいたこと。入試前の学校欠席。これには賛否両論があることはもちろん知っている。毎年この時期になると新聞やネットでいろいろ意見が出てくる。毎年出てくると言うことは結論が出ない、すなわち価値観の問題ということ。

私は以前はできるだけ学校に行きなさいと言っていたが、今は自分で決めて下さいと言っている。夢に向かって2年3年頑張ってきた子たちをインフルエンザ感染の危険性があるところには行かせられないし、また直前暗記科目についてはもう一度回せば確実に数点はアップするという現実的な作戦でもある。

学校を休んで家にずっといててはやはり誘惑が多い。ならばと塾を朝から開放した。これも批判の的になるかもしれないが、子供たちが望むなら最後までつきあう覚悟ということ。

下の学年が塾内に貼ってある先輩たちの合格実績を熱心に見ている。さて来年はどうされますかな。

速報! 春恒例、2018年山城通学圏公立高校中期選抜結果!

定員割れを起こしていない南陽に城南菱創から回し合格!
南陽、ついに2番手校に転落か!