2012年6月22日金曜日

聖書、論語

20日は同志社高等学校の塾対象説明会。同志社香里でもなく同志社国際でもなく同志社女子でもないのです。生粋の京都人が同志社と認める本家同志社。

小学校、中学校、高校が岩倉の地に集結し、同志社学園都市の様相を呈している。大学附属(系列)の学校って資金が潤沢ですねー。エスカレーターの学校は一般的に授業料が高いが、それ以上の見返りがあるのではと思わせるような立派な施設。

すべての同志社に共通する赤煉瓦を基調とする建物。市街から離れていることもあるんだろうが、余裕のある敷地。どの方向からでも写真に撮れば、パンフレットにすぐ使えそうな風景。すべてにおいてセレブ感を満足させてくれる。祇園祭で屏風を見せることができるような旧家がこの学校を支えているのだろう。

が、しかし、その旧家も実は危うい経済状況。つまりセレブ校も危うい状況ということでパブリックな塾を集めての説明会。ならばパブリックの目線に合わせた説明ををすべきだろうに、パブリックの気持ちが分からないのがセレブというもの。本人は普通にしゃべっているつもりだろうが、何か上から目線の説明の思えてしまう。自分たちの良いとこばかり押しつけるがごとくに説明しておいて、私たちにとって大事な入試に関するデータは文書にせずに軽くながす。「由らしむべし、知らしむべからず。」だ。理科の先生にしてはあまりにも政治的すぎる。人文社会学的理科教師とはいかがなものか?

自由・自主・自立。そして自己責任。これが同志社の基本なんだろう。授業風景も自由、服装も自由だ。で、自主・自立は…?

だらけた授業態度に自主・自立、自己責任は感じない。華美な服装も自主・自立、自己責任なのか?学生の間は他にやることがあるだろう。

聖書の言葉に

「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。
だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。」

と、ある。宗教の時間と礼拝があるらしいが、この部分は割愛か?

もし、同志社の教育が真の自由・自主・自立であるとするならば、他者が世情に迎合し、空虚な外観に腐心するような軽薄な価値観を持っていたとしても、そのような迎合的価値観から自由であり、内面を重視する自立した価値観を持った同志社ボーイ、ガールを世に輩出すべきではないのか。そうするならば、今日びの世情とはかけ離れた、質素で地味すぎるが、だが何かを探究しようとする生徒がいてもいいはずだ。安易に華美に流れるのを自由・自主・自立にすり替えるのは教師の怠慢ではないのか?

でかいピアスのイヤリングをしていた女子生徒もいた。何も着飾ることなしに最も美しく、かわいいいこの世代がなぜ体に穴を開けるのか私には理解できない。

論語に

「身体髪膚、これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始め也」ともあるではないか。

イエスも孔子も嘆いているぞ!それとすれ違う生徒がちっとも挨拶できない。おい、これは私も嘆いているぞ!

ひょっとして挨拶しない自由も我が校では保障されていると言うんだろうか…

2012年6月18日月曜日

カリスマからハンサムへ

15日金曜日は西京高校の塾対象説明会。堀川同様ここもカリスマ校長からの引き継ぎ。大いに関心のあるところ、でもない。だって何の不安要素もないですから。

新任の村上校長は西京エンタープライジングの立ち上げの時から教頭として関わって来られた方。上から目線で失礼だが初めてお会いしたときに「やり手だな」と思った。関目校長の泥臭さと(失礼)村上教頭のスマートさで、絶妙のコンビ。西京の成功はこの二人によって築かれた。

ここ2年ほど別の市立高校で校長職の修行をされて、西京に戻ってこられた。ウーン、完璧な人事だ。

古巣に帰った喜びとでも言うのか、説明もいきいきと分かりやすく、そして展望を持って話しをされる。関目前校長ファンもたくさんいたと思うが、村上校長ファンもさらに増えるでしょう。だって帰りに校門の前で村上校長と並んで写真を撮っている女性塾長がいましたからね。ハンサムは得ですね。おっと、関目先生に失礼か!。カリスマからハンサムへ、うまく引き継ぎができそうだ。

今回の説明会で目新しいところは、後発の中学校をこれからは中心に据えて、もう一度エンタープライジング科を見直していこうとする点。いろんな意味においてこれは正しい方向だと思う。学校の雰囲気作り、大学進学実績、私学においても六年一貫生が大きな役割を果たす。西京、堀川、嵯峨野のいわゆる公立御三家で附属中学を持っているのは西京だけ。これを活かさぬ手はなかろう。

残念ながら当学園からは中学校は地理的に受験不可能だが、村上校長の下、堀川を追い越す西京エンタープライジング科を見てみたいものだ。

2012年6月13日水曜日

校長三題

11日(月)は堀川高校の塾対象説明会。もはや完成の域に入ったと言うか、不動の地位を築いてしまったと言うか、内容的に目新しいことはない。多くの生徒が塾や予備校に通っているがそれには触れずに、「自立した18歳」の完成を標榜する手法も同じ。

出席者の皆さんの最大の関心事はあのカリスマ校長から新校長に変わった事でしょう。さて学校経営に変化はあるのか?

結論から言えば前校長からの踏襲。「前校長」という言葉が不適切なら、堀川アイデンティティの継承と言うべきか。つまり破綻のない説明だった。

しかしカリスマって恐ろしいもんですなぁ。「ここのとこは去年こんな言い方で、うまく聞き手を引きつけたよなぁ…」などととついつい比較してしまったり、途中で何か荒瀬前校長の声が聞こえてきたりした。

似たような状況があったような…。そうか!橋下徹前阪府知事と松井一郎現知事だ!

12日(火)は午前中は京都聖母、午後からは立命館宇治の説明会。

京都聖母、教務力もしっかりしているいい学校と思っていたが、世情に疎いというか、上から目線というか生徒募集がうまくいっていなかった。そしてこのようなときにおきまりの内部のごたごた。デフレスパイラルの臨界点間近。ここ数年塾対象説明会に出席しても面白くなかった。

しかし今日は何か雰囲気が違う。一つは完全V字回復と言えないまでも今春の募集は良かったようだ。また今までは「聖母ブランド」が邪魔をしてできなかったような事を現校長が次々に実行される。「午後入試」なんぞは以前の執行部では「はしたない」と言って踏み込めなかったでしょうね。また来年からはあの伝統の制服も変わるらしい。

放っておいても収束するなら、なんでもできると言えば乱暴すぎるが、聖母も「清濁併せ呑む」の校長にやっとなったわけだ。変えるぞ、変わるぞという雰囲気が本当によく伝わってきた。

立命館宇治はさらに一層英語教育に力を入れるというか、グローバリゼーションを学校の特徴にする方向で話が進む。パナソニックは大卒新規採用の80%近くが外国人らしい。このような時代にあって…と話しは続く。国公立進学実績などというチマチマした時代ではもはやないらしい。

なるほどなと思う。数年前に先物買いとして実施校の認定を受けた「国際バカロレア ディプロマプログラム」も時流にのったようで、次代の国際人は立宇治から、とでも言うような説明会だった。

とどめは新校長が外国人(どこの国か書くべきだろうが聞き逃した!)になった。口の悪い私は「お飾りか?」と思わず質問してしまったが、在日20年の立命館大学教授で関西弁もしゃべるらしく、しっかりと校長を勤められているらしい。ウーン、人選としては完璧だ!

後半は入試センター長による来年度募集の地べたをはうような話し。この部分はあまりにも日本的すぎる!


2012年6月8日金曜日

大谷流・サイレントスプリング・自由、自主、自立

3日(日曜日)はある私学主催のセミナーに参加。琵琶湖の北部にある学校所有のセミナーハウスを使っての一泊研修。後半はここだけの話し、飲み会となる。

朝起きて出発しようと車に近づけば泥だらけ。よく見れば足跡らしき物が…サルだった。人間様が飲み会してる間に人の車の上に乗って猿会をしていたのだろう。未だ車は泥だらけ。次会ったときは説教してやろう。

5日大谷、6日華頂女子、7日奈良女子大附属中等教育学校の塾対象説明会。連続日程は体力的にしんどいが、違いが分かって印象に残る。

大谷は開会まで待ち時間の間、美しい女性のピアノとバイオリンのデュオの演奏でお迎えしていただく。大谷流のおもてなしなんだろう。クラッシック好きの私は得したなと素直に喜ぶが、せっかくステージがあるので壇上で演奏してして欲しかった。高いところからでは失礼との大谷流の遠慮があったのか。しかしそれでは演奏者に失礼ではなかろうか。私はなぜかこの大谷流の思い切りのなさがいつも気にかかる。

校長の話も文化人の話を聞くような感じ。宗教校の校長ならもっと宗教色を前面に出した学校理念、教育哲学を聞きたかった。これも私にすれば思い切りのなさに思えてしまう。

全体的な話しの流れは、進学校として数値目標を掲げより進学実績を上げるというように聞こえた。データなどでは確かに成績は伸びているが、なぜか突き抜けるような予感がしない。進学実績を上げるなら、もっと追い込んで行く必要があるんだろうが、やはりどこまで行っても大谷流のマイルドさ。でも、このマイルドさ故に今年は中学、高校とも定員を大幅に超えたんだろう。

まあこれだけ集めれば、私のとやかくなんてまるで関係ないでしょうね。

華頂女子は2年前から始まった改革の真っ最中。定員割れ→入試ボーダーの低下→質の低下→評判の低下→定員割れ、のデフレスパイラルを断ち切るべく、中高ともに入試基準を大幅に上げた。しかし一層の定員割れを招くのは必至。「自爆入試」になる可能性も大きい。でも何もしなければ、いつかは生徒の声が聞こえない「サイレントスプリング」状態。改革を進めるしかないか。

中学入学者はこの2年間各学年10名程度。高校入試も60名程度。覚悟の上だったとは言え、かなり厳しい状況のはず。

しかし、授業見学をしてみて今までの生徒と全く違う。こんな言い方をすれば旧体制の中3、高3の生徒に申し訳ないが、現1,2年は集中して明るく授業を聞いている。別学校の生徒ぐらいの違いがある。お行儀の悪い生徒はいない。女子校の落ち着いた雰囲気の中で、仲良く学生生活を送っているのが見て取れた。

施設見学もさせていただいたが、過去の遺産と言えば失礼だが結構充実している。知恩院の庇護を受け大事にされて来た学校だと理解できた。

私も今回久しぶりに行って学校の変化を実感できた。期待してもいいかな、期待したいなと思う。

奈良女子大学附属中等学校。情報開示に関しては国公立としては間違いなくトップクラス。大学進学実績につけ、入試につけ私学以上のペーパーを準備してくれている。しかしイヤミな言い方をすれば、都合の悪いデータを見せても、経営には関係ないという親方日の丸的鈍感さのなせる業かも知れない。だから説明もやや上から目線に聞こえないこともない。少しカチンとした表現をする若い先生がいたので、指導しておいた。ははっ。

でもいい学校だと思います。自由、自主、自立、本気でやってますからね。実績を即問われる私学ではなかなかこのような時間がかかる、そして目に見えない理念を実行することは難しい。しかし自由、自主、自立が確実に身に着いたとするならば、もう少し大学進学実績が伸びてもいいはずなんだが…

2012年5月30日水曜日

法衣に平安の決意

昨日29日は龍谷大学付属平安中学・高等学校の塾対象説明会。いつもは学校で実施されるが、今年は校長が変わり入試・募集の執行部が刷新されたので、そのお披露目も兼ねて市内のホテルで実施される。

高校入試は値頃感のある龍谷大学付属人気と国の就学支援金、府の「あんしん就学支援制度」の効果でしっかりと受験生・入学生を集めている。ここ数年は京都の勝ち組高校の一つに必ず入っている。

しかし中学校は必ずしも成功しているとは言えない状況。失礼ながら6年預けて龍谷大学ではコストパフォーマンスはいいとは言えないし、中学3年間は国や府からの補助も一切なし。つまり中学で集められないと言うことは、授業料を全額出してまで行かせる進学校としての価値はない、と評価されているということだ。この様な状況のもとで国や府の施策が変化すれば、高校の人気もどうなるか分からない。

多分そのことに気づいているのだろう。この際大胆な執行部の責任者の変更とシステムの変更があった。ここ数年「変える、変わる」と言っていたが、実際そう変化がなかったのが正直なところ。特進クラスであるプログレスコースも進学実績で大きな変化はここ数年なかったし、中高一貫コースの座標も明確ではなかった。

今回は各コースの色分けを明確にして、アスリートは「目指せ甲子園」、クリエイトは「めざせ龍谷大学のリーダー」、プログレス、中高一貫は「目指せ国公立、難関私学」となった。各コースの役割を明確化することによって、「龍谷大エスカレーター、支援金」バブルからの脱却を狙っているのだろう。

中高一貫、高校入試の責任者も若い先生に変わり、緊張した面持ちで説明をされる。情熱と誠実さを感じ好感が持てるとともに、今回は本当に変わるだろうと予感した。

説明会の最初には法衣を着た前校長が相談役として挨拶をされる。宗教校としての平安の理念、指導をはっきりと打ち出された。ここまで明確に宗教校を全面に出された挨拶は少なかったように思う。私は京都の宗教校はもっと宗教色を前面に出されてもいいと思っていたので、わが意を得たりとしっかりと聞かせていただいた。だって、宗教の話しをしない宗教校なんて実は存在意味がないでしょう。やはり法衣を着た新任校長も子ども達に「宗教的な物の見方」を身につけて欲しいと言っていた。他者の命を尊重し、自らの命を大切にし、そして自らの天命を知り、それに向かって強く努力できる子が育てば宗教校の理想なんだが。

後、塾の先生を立てる表現もちりばめられていた。今までの口の悪い渉外担当の先生(いえ、私は好きなんですが)から比べれば、塾の先生がた大いに満足されていたでしょうね。

あれもこれも、新任のやり手経営企画室長・校長補佐の先生の戦略でしょう。だから今度は確実に変わるはず。



2012年5月28日月曜日

先生と呼ばれる怪物

昨日27日は、関西私塾の会の定例会プラス勉強会。これからの会の運営や、当会主催・後援の進学個別相談会についてのあれこれを話し合う。その後が勉強会。

勉強会のテーマは多岐にわたる。各塾の実践報告や、私学の先生を招いての指導法の講演もある。

今回はプロのコンサルタントにお願いしてのマナー研修。

塾長であれ講師であれ、一般企業に勤めることなしに塾の先生となった者は、世間で常識の「新入社員研修」と言われるのを受けた経験がない。しかし先生と呼ばれれば、その日から教室では「王様」だし、保護者もわが子のために遠慮していろいろと我慢される。結果、世間常識もわきまえない「先生と呼ばれる怪物」が業界にのさばる。聞けば学校の先生も新人研修というのはないところが多い。故に「学校の常識。世間の非常識」が生じるのだろう。

それではならじと名刺の出し方、お辞儀の角度等接客マナーについての基本から学び、そしてマナー、すなわち世間常識は何のためにあるのかを知り、保護者対する今までの態度を振り返り、塾生に対しても先生が節度ある態度で接し、今度は塾生に対しマナーは何のためにあるのかを伝えるべく今日の研修となった。

さらには日常上から目線でとやかく言う職業なので、時には逆にいろいろと指導されるのも子ども達の痛みを知る上でいいかなと、という狙いもある。

やってみて正解。皆さん本当に真剣。当会の先生方はまじめなんだと再確認。3時間の研修だったがだれることもなしに集中して聞いている。前に出ての実技指導やロールプレイングも真剣そのものだった。

講師の先生も素晴らしかった。内容もさることながら、相手を説得する話術も勉強になった。

お辞儀の仕方。右の先生にだめ出しをする講師。

今回のマナー研修は接客業としての経営的見地からの研修の面ももちろんあるが、それ以上に人を大事にする事はどういう事なのかを学んだ気がした。

学校の先生方、自校で一度やってみられたら?はい、私たちいろいろ保護者から聞いていますよ!



講師が保護者になって接客を研修するロールプレイング。
自分のやっている事を客観的に評価される場合ってないですよね。

















追伸  以前非常識きわまりない先生が奈良のとある学校にいたと書いたところ、奈良の他の学校から誤解を招くとのご指摘がありましたのでこの際校名を明らかにします。はい「奈良学園」です。その先生と今日一緒に研修受けたかったなぁー。
http://yoshicho.blogspot.jp/2012/02/blog-post_14.html

2012年5月18日金曜日

創立者も納得

昨日17日は南京都高校の先生2人がお越しになられた。両名とも旧知の間柄ともいえる先生だが、今日は少し緊張しての来訪、に思えた。

来年度より校名変更。その名も「京都廣学館高等学校」。そのポスターを持ってきていただいた。緊張というか、興奮気味だったのかも知れないな。

今は亡き創立者本部廣哲先生に縁ある新校名らしい。創立者の理念を引き継ぎながら、今の時代にふさわしい学校づくりを目指したいとの思いが、この名前に込められているのだろう。

できあがったポスターを見れば「ああそうですか」と、第三者には見えるかも知れないが、付き合いの長い私とすれば、校内では相当紆余曲折、侃々諤々の争いのあったこと、想像に難くない。「校名を変えずに中身で対応せよ」、との守旧派の声もあったはずだ。

しかしここ数年の南京都の変化を見れば、手あかと偏見(失礼)に満ちた校名を変えるのは必然であったと私は思う。校名には歴史があり、学校の理念そのものである場合もあるので、部外者が必然であると言うのは無礼千万であるかも知れない。しかし、もはや公立の受け皿校ではないし、また内容的にも公立ではまねのできない面倒見の良さがあり、それ故大学進学実績も伸びてきている状況の中で、「南京都」という校名だけで、世間一般にいつまでも底辺校(失礼)と評価されるのは得策ではなかろう。
おみやげにいただいた「廣学館クッキー」
熱く優しい味がします。

校名変更に際し、従来のコース制も手直しされるようだ。話しを聞けばいちいち納得できる。そして単に進学校に様変わりするのではなく、やはり「やり直し校」として、中学校の時に勉強しきれなかった子ども達の面倒を見ていくのも、自分たちの存在理由だと話される。これこそ創立者の理念。

少し硬い響きのする新校名だが、創立者の熱く優しい思いが確実に込められていると思う。

春恒例2026年山城通学圏普通科中期選抜相関表

  2029年からは公立の入試制度が大きく変わり中期選抜がなくなるので、この相関表も今年で最後か? とは言え、新しくできる前期選抜の「共通枠」、というのが、従来の中期選抜のシステムを踏襲しているようなのでこの相関表はまだ続けられるかな。 でも出願方法が私立の様にオンライン出願にな...